中華料理の起源は、中国「山西省安邑県」にあり。

最古の調味料「塩」の製造。

中華料理とは、いつ、どのように生れたのでしょうか。そう思ったとき、ふと、中華料理とはいったいなんなのだろうと、考え込んでしまいました。あの大きな丸底の中華なべを使って作る料理のこと?それとも10センチちかい厚さの切り株をまな板にして作る料理の事でしょうか?あるいは中国人が食べている料理をさすのでしょうか?

 

中華料理の起源。料理に関する記録が残されたもっとも古い時代。紀元前の神話伝説の世界---それは「塩」の製造とともに始まりました。

「塩」は中国最古の調味料であり、中華料理発祥の要素のひとつです。古書「淮南子(えなんじ)」によりますと、今を遡ること約六千年前の仰韶文化時代に、中国に散在していた部族の中で、伏羲氏と神農氏に挟まれた場所で勢力を張っていた宿沙氏が、はじめて海水から塩を製造しました。宿沙氏は塩の製造で天下にその名を知られ、死後は「塩の神様」として崇められて、安邑という場所に「塩宗」廟が建立されたといいます。この安邑が現在の山西省運城市にあたります。

中華料理発祥の地=曲学礼出生の地。

中華料理発祥の地・山西省運城市は、「晋南貿易」創業者・曲学礼の故郷です。山西省の略称は「晋」。運城市は晋南地方ということになります。これが「晋南貿易」社名のの由来となっています。

 

市内にある塩湖「解池」では、古くから塩の生産が行われています。唐代、長安へ塩を送っていた「塩の道」に遺跡が点在しています。 あの広い中国に「中華料理発祥の地」があり、そこで当社・創業者が誕生した。・・・なにか大きな力というか必然性のようなものを感じます。

「商売の神様」関羽もここで生れた。

運城はまた、三国志の武将・関羽の出身地としても知られています。運城の駅前には関羽様の巨大な銅像が建っています。

 

関羽(Guan Yu)は、中国後漢末期、三国志で劉備、張飛と桃園で兄弟の契りを結んだ武将です。字は雲長といい、河東郡解(現在の山西省運城市常平郷常平村)の出身。見事な鬚髯(鬚=あごひげ、髯=ほほひげ)をたくわえていたため「美髯公」などとも呼ばれます。

関羽は、その人並み外れた武勇や曹操が義理堅いと評したことから、没後神格化し関帝(関聖帝君・関帝聖君)という名で47人目の神となりました。

 

信義に厚い事などから、現在では「商売の神様」として世界中の中華街などにある関帝廟で祀られています。また、関羽はそろばんを発明したとも言われています。 「青龍偃月刀」を構える関羽神像は「正義の象徴」として、香港のほとんどの警察署で祀られています。

山西省をもっとくわしく。

中国最大級の解州「関帝廟」(運城市)
中国最大級の解州「関帝廟」(運城市)

山西省は黄河流域の中部に位置しています。東は太行山脈を障壁とし、西は汾河が流れており、北には陰山、南には首陽、砥柱、析城の山々が川に沿ってたちはだかっています。太行山の西側に位置するため、「山西」と名づけられています。

春秋時代には「晋国」がここに都を定めていました。その後、戦国時代には「趙地」、秦代に「太源郡」、漢代に「并州」、唐代に「河東道」と名称が変わり元代に入って「山西」と称するようになりました。そして清代に山西省となったのです。

山西省の食事は麺食中心で、その種類も実にたくさんあります。料理の味付けは「糖酢」の味付けが多く、古来「山東の葱喰い」「四川の唐辛子喰い」「山西の酢喰い」の例えで有名です。

主な麺食は「聞喜餅」「刀削面」「撥魚」などがあります。「聞喜餅」は蘇州月餅の田舎版のような味がしますが素朴な風味がかえって都会人に喜ばれます。「刀削面」は、こねあげた小麦粉の塊を煮立ったお湯に包丁で削り入れたもので、食べて美味しいばかりか、見ていて楽しい麺です。「撥魚」は、小麦粉の塊を竹べらで削った面である。特産品として 汾酒、山西老陳酢などが有名です。

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